モンゴル高原における家畜・草原システムへの気候変動の影響と早期適応策に向けた情報ツールの開発

博士研究 大場章弘、博士学位(政策・メディア)取得2016年12月

大場彰弘

気候変動に関連する異常気象により、半乾燥地域では家畜とその生態環境が脅かされている。中国内モンゴルとモンゴルで構成されるモンゴル高原では家畜の大量死被害が報告されている。既往研究では気候が起因して短期間に起こる異常気象と、社会的な要因が起因して慢性的に進む過放牧が主な原因であると主張されてきた。しかし、時空間スケールの違いとデータの制約のため、そのメカニズムは解明されていない。結果的に科学研究の知見を現場に導入されることが少なく、リスク回避を支援する有効な方策はなかった。本研究は複数の時空間スケールでの分析結果に基づいて早期適応策の実現を支援するために重要なデマンドドリブン(demand-driven)/エビデンスベース(science-informed)のアプローチを具現化し、内モンゴルとモンゴルの家畜が大量死したメカニズムを解明し、情報ツールによる早期適応を支援する仕組みを構築することを目的とする。本研究では、モンゴルにおいては国際的牧草・気象データベースであるGLEWS (Global Livestock Early Warning System)を用いて郡レベルの地理的加重回帰モデルを構築して家畜の大量死を分析した。内モンゴルでは土地劣化による家畜の餓死が大量死の原因であることが既存研究で明らかにされているため、本研究では全球レベル干ばつ指数であるPalmer Drought Severity Index (PDSI)による市レベルの分析と、村落レベルの景観生態区分によってそれぞれ複数の時空間スケールで土地劣化の原因を分析した。その結果、モンゴル高原における家畜の大量死は慢性的な過放牧を起因とする社会的現象であり、異常気象の影響は主要因ではないことを結論づけた。そのための対応として、国際援助組織や行政による牧草配布や植林費用の援助など一時的な施策ではなく、習慣的に過放牧を防ぐ早期適応策が必要であることを確認した。この科学知見を踏まえて、住民による早期適応を支援するために、本研究では情報支援ツールを開発した。また、現地組織との協力によって社会実装した。内モンゴルではWebGISベースの植林管理ツールを開発し、NPO・行政が土地利用を計画し、植林経過や成果を住民および寄付者である企業へ報告できる仕組みを構築した。モンゴルでは国の研究機関と現地政府、通信業者による協力体制の下、気象予報・牧草分布の情報をSMSベースのツールを開発し、定期的に遊牧民の携帯電話に配信した。それにより、実際に遊牧ルート変更、牧草の越冬準備といった行動変化が多く報告され、本策の有効性を実証した。

  • 大場 章弘,厳 網林.景観生態区分による村落レベルの牧草生産力の評価.沙漠研究. Vol.24(2), p.285-294, 2014.
  • 大場 章弘, 厳 網林. 砂漠植林管理のためのWebGISツールの開発. SFC Journal. Vol.11(1), p.83- 98, 2011.
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慶應義塾大学環境情報学部 EcoGIS Lab(厳網林研究室)